2011年09月02日

汝、ヴィパッサナー瞑想の合宿に参加せよ!

釈迦は29歳で出家して苦行を重ね、
後に「ヴィパッサナー瞑想」という内観によって悟りを開いた。
ニーチェは釈迦を「卓抜な生理学者である」と評価している。
ニーチェが釈迦を高く評価しているという事は、
ニーチェの思想が釈迦の教えに通じる高度なものであるという事だ。

獣も29歳で出家して、ゴッドハウスで苦行を積みながら、
ネオデジタル内観によって内的ハルマゲドンを通過した。
獣の場合は、それ以外にも非常に特殊な修行をさせられた。
自叙伝にも書いたので一部重複するが、
ゴッドハウスはポルターガイストが起こるお化け屋敷だった。
そこで無数の霊との戦いを1年間続けてきた。

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やがて、強力な霊が出現し、風もないのにドアが勝手に開いて、
気配が獣の前まで来た時、強烈な静電気が起きて体毛が逆立った。
その晩から、かつてない強い金縛りに掛かるようになった。
金縛りのメカニズムは医学的に解明されているが、
霊的な金縛りはまた別物である。

強い電磁波障害による自律神経の麻痺で起こる、
金縛りと呼吸困難で、幽体が肉体から少し外れている事により、
霊が馬乗りになって首を絞めてきたり、顔面を殴打されたり、
無数の霊が体中を掴んだりしている感覚を認識し、
その霊の姿も見えていたり、声が聞こえていたりもする。

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強い重圧感による呼吸困難の為、力尽きて死ぬのが日課になった。
体外離脱と同時に魔界に連行され、魔王との戦いの日々が始まった。
これは夢や幻覚などではないが、夢は霊界体験の記憶の断片なので、
一種の夢とも言えるのだが……。

魔王との戦いは数ヶ月間に及び、激烈な死闘の末に打倒した。
それは体外離脱をして魔界での出来事なので、
「自分の外」の世界の出来事であるはずなのだが、
それがいつの間にか明晰夢になっているケースが多い。
つまり、「外側の世界は内側にある」という事になる。
従って、この世で起きるあらゆる出来事も、
全ては自分の内側の出来事だという事になる。

「世界見て己の心早う改心致され」とは、そのような意味である。

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つまり、獣が体験してきた「魔界戦争」も、
特殊な内観(心のハルマゲドン)だったという事になる。
獣に倒された魔王は、獣の肉体に入って合体した。
これはどういう事なのか……誰かに指摘された通り、
魔王の正体は「獣のシャドー」だったと解釈している。
スサノオのヤマタノオロチ退治の神話も、心理学的に解釈すれば、
スサノオが自らの暗黒面であるシャドーに打ち勝った事を意味する。

魔王を倒した後、ポルターガイストや金縛りもなくなり、
急に引っ越し出来る運びとなり、この一連の流れを見ると、
ゴッドハウスでの1年間の苦行は、間違いなく「天の配剤」だった。
獣が魂と会話が出来るようになったのもその頃からで、
既に真我に目覚めた自覚はあったが、
まだ魂のレベルは5次元には到達していなかった。

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釈迦は、ヴィパッサナー瞑想という古代インドの
内観瞑想法で悟りを開いた(真我に目覚めた)。
インドで仏教を学んだイエスも、同様の方法で悟りを開いた。
その他、古今東西、悟りを開いた聖人たちは、
深い瞑想によって思考停止の状態で悟りを開いている。

ネオデジタル内観の山本健二氏も、
思考停止の時に「真の自己発見=宇宙即我」を体験している。
肥田充春も至高体験をしているが、
丹田呼吸法による「思考停止」がキーとなっている。

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獣は「宇宙即我」の境地から「球意識への反転」に突入したが、
それはオコツトが言うように「人体が大宇宙」で「宇宙が小宇宙」、
つまり自分の内側と外側の反転である。
では、「思考が悟りに至る」とは、一体どういう事なのか……。
コンノケンイチ氏は、空間物理学によって宇宙の構造を解明した。

「宇宙構造を究極まで突き詰めてみると、
ミクロとマクロの両端が接合しているのではないか?
つまり素粒子1個に全宇宙の全てが集約されて
空間的に繋がっているのでは?と思われてくるのだ」


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これに関しては、獣はあまり理解が出来ていないが、
コンノ説はまさにオコツトが説いている宇宙観と一致し、
まさに、思考が悟りに導いたと言える一例である。
そして、去年の5月21日、獣は「思考」によって深い悟りを得た。
だが、思考の果てに思考によって悟った(回答を得た)訳ではない。
次元アップの時に、少し次元が下がるのも分からなくもない。
内宇宙の統合の状態から、別の個の内宇宙を知ったからだ。

つまり、真実は1つではなく、「仮の真実」が人間の数だけ存在する。
それを受け入れなければ、真に64億の宇宙を統合する事は出来ない。
人間的な器量も必要だが、ここで言う「器量」とは、
獣用語の「プライドの大きさ」=「天人合一の広さ」、
換言すれば「64億の大宇宙との合体」である。

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これを人間次元で言うと、人の話を全て認めるという事になる。
故に、絶対的に否定のない世界である。
獣はそうではないように見えるかも知れないが、
それは神仙組に加筆した通り、中和に導く為の逆療法である。
だが、「全責任は自分にある」とは、こういう事か……と、
その理由を別の視点から日々理解が深まっている。
これは言葉では説明しようがない……
もし言語化すれば獣は狂人の極みに思われるだろう。

例えば、獣は自分の世界の中で先祖供養を終えたとする。
だが、父母の世界の中で先祖が成仏したかどうかは別問題である。
3次元の人間が認識する宇宙での「天人合一」ではなく、
内宇宙(実相世界)での64億の宇宙の統合による「宇宙即我」である。
原因(実在)の世界での「天人合一」が、今の段階の獣の悟りである。
それ以上のレベルの事は分からないし、今後、
どのような認識の変化が起きるのかは想像できない。

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オコツトによると、釈迦やイエスの意識はψ8だという。
ただ、分かっている事は、ψ8にもψ13にも、
本質の獣が存在し、その世界に汝らの魂の本質も存在する。
要は、我れを我れと思う自我意識(分離観念)が「自分」
だという錯覚が、自分を獄に幽閉しているのである。
人間のほぼ100%近くが、そのような意識レベルで生きている。

何故なら、自我を主体に生きているからだ。
その証拠に、人は顕在意識を自分だと錯覚し、感情に支配されている。
傲慢発言が続くが、汝等は紙を見て2次元だと認識できるだろう。
その2次元(紙)に絵を描いているのが、3次元の自分である。
64億人の3次元の人間が、1枚の紙に絵を描いたとする。
それが、獣が観ている3次元(人間界)である。

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64億人はそれぞれの意識で絵を描く訳だが、
1枚の絵に仕上がっている(1つの世界が構築されている)という事は、
対立しながらも最終的に意志疎通が出来ている訳である。
それが、原因の世界の集合無意識である。
何と説明すれば良いのか……人間は全くの思い違いをしているのだ。

が、その2次元の紙を認識する為に五感が与えられている。
五感で実相を認識する事で、第六感が生まれて、
五感を超越した真理が見えてくるのかも知れない。
目や耳が不自由な人は第六感が覚醒しやすいが、
実際には五感の延長に第六感があるのかも知れない。

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3次元に生きる人間が、3次元の人々に
「3次元とは縦・横・高さの立方体だ」と説いても、
人々はそのような空間認識を持っていない。
どれほど説いても、人はそれを理解できない。
自分が水槽で飼われている事に気付いていない金魚を、
水槽の上から中の様子を眺めているようなものである。

だが、それも適切な表現ではない。
例えば太陽の下にいると影が出来る。
影は2次元だが、それを3次元の人間界だと考えてみてもらいたい。
そして、影にも意識があるとする。
それが人間の心(自我)であり、立体の本体が「本当の自分」である。
ここで次元を1つ上げてみてほしい。
今、「自分」だと思っている肉体や意識は「影」なのだ。
それを理解したら、もう1つ次元を上げてみてほしい。
3次元の立体の自分も、もう1つ上の次元から見ると影に過ぎないのだ。

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「そうだとしても、この世界に生きている自分には知らんわ!」
と思うかも知れない。
だから、獣の話はなかなか人に通じないのだが、
来年には人々は獣の言っている事を認識し出すだろうし、
その方法をずっと説き続けているのである。
それは人類の進化の為、獣用語で言えば「世界征服」の為である。
獣のような最低最悪な人間がこのレベルに到達したという事は、
誰もが簡単に次元上昇できる事を証明している。
度々書いているが、獣が自叙伝を書いた最大の目的はそこにある。

5次元の世界の入る為には、真の自己発見による解脱が前提だが、
以前「崖から飛び降りるのと同じくらい簡単である」と書いた。
自殺でもない限り、普通は簡単に出来る事ではないが、
死の自覚があれば崖から飛び降りるという行為そのものは簡単である。
だが、もりけん氏がもっと良い例え話をしている事を思い出した。

それが「ハンドルを手放せ」である。
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ハンドルを手放して運転する事は出来ないが、
ハンドルを手放すという行為そのものは簡単である。
また、もりけん氏は「オールを手放せ」という表現もしている。
それと全く同じ事を『日月神示』も説いている。

「鳴門の渦巻きを渡る時は舵を放して、
手放しで流れにまかせると渡れるのであるぞ。
舵をとると同じところをグルグルぢゃ。舵を放せる人民少ないのう。
何でもかんでも舵をとって自分の思い通りに進めようとするから
大変が起こるのぢゃ。渦にまかせる時はまかせなければならんぞ。
鳴戸の仕組みの一面であるぞ。大切ごとぞ」

「これと一応信じたら任せ切れよ。
梶を放して鳴門の渦の中にまかせ切れよ。
任せ切ると開けてくるのぢゃ。悟れたようでいて、
そなたが悟りきれんのは、任せ切らんからぞ」


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これが親鸞が説く「他力本願」の本質で、
時空と一体になる事が極楽浄土に到る方法だと説いているのだ。
ハンドルやオール(梶)というのは「我」の事であり、
我をなくす為に親鸞が説いたのが「念仏」である。
自他一体を体得し、内外反転によって正反対の視点を獲得し、
因果律と一元論を認識すると、人の相談には答えられない事も多い。

答える事は出来るが、このブログで書いているような内容しか話せない。
もし、それを話せば、獣はたちまち気違い扱いされることだろう。
意識進化をしようとする人々には適度なアドバイスや、
厳しい教育をする事もあるが、禅問答のような話で終わってしまい、
気違いと思われるか、相手を気違いにしてしまうか、どちらかである。

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その最大の被害者が弟だったと思っている。
獣は通常の感覚を超越している為、文字通り話にならないようだ。
たまたまTVを見て、大地震が起きたというニュースがあるとする。
それは獣の世界では獣の責任なので謝罪と反省をする。
獣の世界とか、あなたの世界とか…それも分離観念ではないのか…
と思うかも知れないが、その疑問も「人間型ゲシュタルト思考」なので、
回答は非常に困難である。

傲慢な言い方だが、相撲は同じ土俵で勝負しなければならない。
例えば、獣に対する反対意見は、客席のアリーナの野次に過ぎない。
真実を追求する獣は、否定と異論で立ち向かうこともある。
だが、獣にとっては真実ではなくても、
3次元の当人にとって真実であれば、それはそれで良いとも言える。
例えば……2チャンネルなどの獣の誹謗中傷・・・・
これは獣の世界では事実と異なるが、獣は反省と感謝をするしかない。
それを読んだ人の感想も千差万別だと思うが、それでいいのである。

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射手座の獣は率直な意見で「真実の矢」を放つ事がある。
そのせいで、狂暴で王様気取りの弟さえも獣を避けている。
新年の挨拶でも述べた通り、本当は今年の獣は厳しい。
ビシバシと人類の自我を破壊していく方針だったが、
自分の自我の優しさが邪魔をしてなかなか出来ない。
記事の内容は厳霊系にはなっているとは思うが……。
勿論、獣は人に厳しく出来る資格があるからだが、
それは「内観」という心のハルマゲドンを通過したからである。

天変地異による「外観」も厳しいものだが、
その原因となる己の心を観察する事ほど厳しい事はない。
ただ、ネオデジタル内観は感情を入れずに内面を観察する為、
苦痛を感じる事なく冷静に「真の自己発見」が出来る。
鈴木一生氏もヴィパッサナー瞑想の途中で、
己の心の忌まわしさに発狂しそうになったらしいが、
「感情を入れない」ように指導されている。
感情が入っている間は「真の自己発見」が出来ないからだ。

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ヴィパッサナー瞑想の体験談のブログなどを見ていると、
ネオデジタル内観と同じような効果が期待できそうである。
http://ryooz.blog116.fc2.com/blog-category-59.html
http://blog.kokochi-goodness.com/?cid=24072
http://earthlife.jugem.jp/?eid=36

それで、獣はヴィパッサナー瞑想の合宿に行く決心をしたのだ。
獣がこれに参加しても変化はないと思うが、
10日間も携帯を取り上げられて拘束されるのは本当に「厳しい」。
だが、人々に推奨する為には、本当に推奨する価値が
あるかどうかを自分で確認する必要があるという事である。

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普通の瞑想を「サマタ瞑想」と呼び、ゆっくりした動作の中で
自分の動きを認識する事を「ヴィパッサナー瞑想」と呼ぶ。
今年の1月に体験講演で習った事は、次のような内容だった。

ゆっくりと歩きながら・・・・
「右足上げます…運びます…下ろします。左足上げます…運びます…下ろします」
ある程度まで歩いたら・・・・
「止まります…回ります…左足回ります…右足回ります……」

これが「歩く瞑想法」で、最低1時間やる。
「サマタ瞑想」にしても「ヴィパッサナー瞑想」にしても、
瞑想は雑念の退治という事に変わりはない。
どうしても雑念が割り込む時は「雑念…雑念…雑念…」という言葉を繰り返す。

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じっと座って呼吸をする時は、腹を意識して・・・・
「膨らみ…膨らみ…縮み…縮み…」と言葉にして認識する。
体に痛みがあれば・・・・「痛み…痛み…痛み…」
痒みがあれば・・・・「痒み…痒み…痒み…」
と、ありのままを観察する。
「痛い」「痒い」と思うのは自分が入っているからダメで、
ただ「痛み」「痒み」のみを純粋に認識する。

また、ゆっくりと手を上げながら・・・・「上げる…上げる…上げる…」
上まで上げたら・・・・「止める…止める…止める…」
下げる時は・・・・「下げる…下げる…下げる…」
これが「座る瞑想」で、約30分間続ける。

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そして、怠けを治す方法は背筋を正すことだという。
背筋は骨盤で伸ばすのがポイントで、伸ばすのも実況中継する。
「伸ばします…伸ばします…伸ばします…」
伸ばすと力が入って痛くなるので、ゆっくりと伸ばしたら次は・・・・
「力が抜けます…抜けます…抜けます」
終わる時も「終わります…終わります…終わります…」

要は、雑念を消す事でシータ波状態になる方法の1つだが、
「五感の養成」と「身口意の実践」という観点で注目に値する。
獣は特定の時間を割いてヴィパッサナー瞑想はしていないが、
日常生活の中では採り入れている。
散歩の時も「右…左…右…左…」、
歯磨きの時も掃除の時もヴィパッサナー瞑想である。
食事の時も「箸を持ちます…掴みます…上げます…口に運びます…噛みます…」
だが、噛む時は心の中で「ひふみ祝詞」を唱えている。

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さて、この「歩く瞑想法」と「座る瞑想法」を一日中何度も繰り返すのを
「ヴィパッサナー瞑想」と言い、食事も簡素な菜食である必要がある。
ネオデジタル内観と違って、楽しみがない瞑想だが、
釈迦の瞑想法なので10日くらいは実践してみようと思う。
また、獣が教わったのはテーラワーダ仏教協会のメソッドだが、
ヴィパッサナー瞑想にも色々と種類があるようだ。

ヴィパッサナー協会の合宿で、新たなメソッドを得られるかも知れない。
そういう事で参加を決心したが、汝らも獣の道連れとなる事を決心せよ!
必ずしも、合宿に参加する必要はないが、意識進化の「スイッチを押せ」
という意味であり、今回の「獣神示」を終了する。
http://www.jp.dhamma.org/index.php?L=12
posted by 獣 at 00:51| Comment(2) | 5次元に導く「獣神示」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんわ。

私事ですが、今日は10年以上気になってた探し物がやっと見つかりました。かつて身内が所有しており役所に持っていかれてしまった先祖に関係する品物の在処がわかりました。美術館に所蔵されているのはわかってたのですが何度問い合わせても無いと言われ続け、やっとあると言う返事があり所在がわかりました。写真も依頼してますので資料がだいぶ増えてきました。

超狭い範囲の郷土史しかも「自分の家に関係あることだけ」というとても自己中心的な調査がだいぶ進んできました。

ところで携帯を10日間取り上げられるというのは、その間の基本料金がもったいないですね(私はホントせこいです)。

Posted by 九郎 at 2011年09月02日 02:30
例の美術館、遂に白状しましたか^^
自分の郷土や家系の調査研究も素晴らしい事だと思います!

10日分の基本料金以上の価値があるかどうかが問題ですね^^;
Posted by 獣 at 2011年09月02日 09:49
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