2011年03月28日

天下の大悪党「聖徳太子」の功績

史実の公開に於いて、もう1つ重要な事を明記しておく。
この事は既に神仙組外典で発表済みだが、
この場を借りて改めて概要を書いておく。

「初代天皇はニギハヤヒだった」という説があるが、それは事実である。
それを広く公表して明るみにする必要があるが、もう1つ重要な事は、
「真の神武天皇がニギハヤヒ」だという事である。
神武天皇は初代天皇なので、ニギハヤヒが初代天皇であれば必然的に
「神武天皇=ニギハヤヒ」となる。

飛鳥説でも「神武天皇=ニギハヤヒ」で、
両者は同一人物だったとされているが、それは大きな間違いである。
更に飛鳥説では、「神武天皇=スサノオ=ニギハヤヒ」とされ、
「天照大神」も同一神とされているが、あまりにも暴論だと言わざるを得ない。
確かに、「=」で結ぶ事も可能だが全くの別人である。

それでは、獣説を見て頂きたい。
まず、神武天皇はスサノオである。
どういう事かと言うと、「神武天皇がスサノオ」なのである。
別の言い方をすると、「スサノオが神武天皇」という事になる。
お分かりだろうか…要は、そういう事である(笑)

アカデミズムでは、神武天皇の実在性は疑問視されているが、
その主張は正しいといえば正しい。
何故なら、神武天皇の正体は「アレクサンドロス大王」だからである。
神武天皇の東征神話が、アレクサンドロスの東征伝説の投影である事は、
昔から多くの歴史学者によって指摘されてきた。
つまり、アレクサンドロス(神武天皇)が
日本の初代天皇として位置付けられているのだ。
もちろん、アレクサンドロスは日本に来ていないので、
初代天皇は架空の存在であり、
アレクサンドロスの伝説が日本版にアレンジされたのである。

アレクサンドロスは、アケメネス朝ペルシアの首都スサを征服し、
「スサの王」となった。
これが「スサノオ」の語源となったと考えられているが、
それは正解だと思って良いだろう。
つまり、アレクサンドロスは初代スサノオで、
「神武天皇=スサノオ」という事になる。

だが、神界にも「スサノオ」は存在する。
ギリシア神話の英雄ヘラクレスは9つ頭の蛇を退治したが、
これはスサノオのヤマタノオロチ退治神話と同じである。
つまり、「ヘラクレス=スサノオ」という事になるが、
アレクサンドロスのコインをよく見ると、ライオンの顔とたてがみが見える。
これはアレクサンドロスが、
ライオンの皮をかぶったヘラクレスと重ね合わせられているという事なのだ。

『日本書紀』によると、スサノオは韓国の牛頭山から土舟に乗って
出雲国に渡って来たという。
土舟でよく海を渡れたものだと思うが、
難度が高いので渡来するのに何度もトライした事だろう。
この時やって来たスサノオが、アレクサンドロスではない事は言うまでもない。

「スサノオ(スサの王)」は肩書きなので、日本で「スサノオ」と呼ばれた人物は、
アレクサンドロスの肩書きを継承した者だったという事になる。
スサノオは「牛頭天王」とも呼ばれているが、
これはアレクサンドロスが「双角王」と呼ばれていた事に由来する。
アリオンによると、韓国経由で出雲に渡来したスサノオの名前は「フツ」。
そして、フツは出雲の須佐で子を生み「フツシ」と名付けたらしい。
須佐という地名は、アレクサンドロスが征服した「スサ」に因んで
フツが名付けたものだろう。

『日本書紀』には、韓国から渡って来たフツも「スサノオ」と記されているが、
アリオンによると、フツシがスサノオ(須佐之男)と呼ばれていた人物らしい。
とは言え、スサノオというのは肩書きのようなものなので、
フツもフツシも「スサノオ」だったと言っても間違いではない。
多次元同時存在の法則で考えると、
「アレクサンドロス=スサノオ=フツ=フツシ」という等式となるが、
それが誤りであることはお分かりだろう。

さて、フツシは出雲族の族長だったが、やがて世代交代でフツシが族長となった。
一方、日向国では日向族の族長イザナギが陣営を張っていて、
出雲族の王位継承の証である「十種神宝」の引き渡しを要求してきたという。
それによって、スサノオ率いる出雲族が日向国に侵攻し、
恐れをなしたイザナギが娘のアマテラスを差し出した。
スサノオは出雲国に妻子を設けていたが、アマテラスとも婚姻関係を結んだらしい。
それによって、アマテラスの義弟たちが激怒したそうだ。

スサノオは、本妻であるクシナダ姫との間に生まれた末子のフルに王位を継承した。
尚、フツという名前はモンゴル系で、末子継承は騎馬民族の習慣らしい。
「フツ」「フツシ」「フル」という名前はアリオンによって公開されたものだが、
石上神社の祭神と一致している事が興味深い。
フルは後に「ニギハヤヒ」と改名し、
大和国に東征して初代天皇になったとされる人物である。
つまり、ニギハヤヒも「スサノオ」という事になるが、
「初代天皇=神武天皇」という定義であれば、
「ニギハヤヒ=神武天皇」という事になる。

ニギハヤヒは、アレクサンドロスの肩書きを受け継いだ一族の後継者として
「十種神宝」を継承し、大和入りはアレクサンドロスの東征とも比定できる。
東征とは言うものの、実際には国をまとめる為に拠点を移したようだ。
つまり、ニギハヤヒは「真の初代天皇=真の神武天皇」だったのだ。
だが、ニギハヤヒの名は僅かに残されているだけで、
その偉大な功績も歴史から抹殺されてしまった。
しかし、「神武天皇」という名は初代天皇として残されているではないか……。

ここに大きな問題があるのだ。
どういう事かと言うと、どういう事もこう言う事もない!
「神武天皇」というのも肩書きのようなものだが、
ニギハヤヒとは別の人物にすり替えられたのである。
この「神武天皇すり替え事件説」を指摘しているのも獣しかいないと思うが、
まずはアリオン・メッセージをベースに簡単に流れを見て行こう。

ニギハヤヒは、大和の豪族ナガスネヒコの娘ミカシギヤ姫と結婚し、
ウマシマジ、タカクラジ、イスケヨリ姫を設けた。
変な名前ばかりだが、古代人だから仕方がない。
もし獣がウマシマジという名前だったら嫌だ(笑)
それはさて置き、ニギハヤヒの死後、イスケヨリ姫が末子相続人となったが、
ウマシマジが代行政治を行なっていたようだ。

やがて、イスケヨリ姫は、アマテラスの孫で日向国の王となっていた
イワレヒコを養子に迎える事になり、イワレヒコが大和政権を握る事になった。
これで出雲族と日向族の提携が実現し、めでたしめでたしと言いたいところだが、
イワレヒコの即位を機に、大和の出雲族は徐々に日向勢力に飲み込まれていった。

ウマシマジは晩年、出雲に移住し、
死去した場所に物部神社(島根県大田市)が建てられた。
主祭神は当然ながらウマシマジで、
社伝には「ウマシマジが物部氏の始祖なり」と明記されている。
大和に於いては、ウマシマジの子孫が、
ニギハヤヒの祭祀を代々執り行うことが定められた。
物部氏は宮廷内で重要なポストに就き、それなりの権力を持っていたようだが、
物部守屋が蘇我馬子に敗れた事を引き金に没落していった。

獣説では、蘇我氏は秦氏である。
蘇我馬子は「我は蘇る馬小屋の子」で、
聖徳太子と同じくイエス・キリストの復活伝説に因んだ名前である。
裏天皇(大烏)が3人構成だと言われているように、
聖徳太子も3人構成だったという説がある。
もしかすると、蘇我馬子は聖徳太子の1人だった可能性もある。

聖徳太子は日本の歴史を抹殺した事で有名だが、
神武天皇の即位を紀元前660年に定めたのも聖徳太子である。
この時に、物部氏の祖であるニギハヤヒの名前が抹消され、
イワレヒコを神武天皇にすり替えて記録された可能性が高いのだ。
確かに、イワレヒコは日向国から大和入りし、
アレクサンドロスの東征伝説と符合する。

また、イワレヒコの大和入りを助けた賀茂建角身命を
「ヤタガラス」と名付けたのも聖徳太子である可能性がある。
これもアレクサンドロス伝説の投影で、アレクサンドロスはエジプトで
ファラオに即位する為、リビア砂漠のアメン神殿に向かう途中、
凄まじい砂嵐に巻き込まれて道を失い立ち往生した。
そこに天空から一羽のカラスが現れて、
アレクサンドロスをアメン神殿へと導いたのだ。

ギリシア神話では、3本足の烏は太陽神の遣いだとされている。
恐らくそれに因んで、賀茂建角身命を「ヤタガラス」としたのだろう。
そして、聖徳太子は秘密結社「ヤタガラス」を組織したが、
それは賀茂氏で構成されていたはずだ。
賀茂氏は秦氏の姓を使う事もあるが、
秦氏の族長とも呼べる秦河勝も賀茂氏の血統だった可能性があり、
それが聖徳太子という名のトリオの1人だったと考えられる。

何故、ギリシア神話で太陽神の遣いとされる3本足の烏を組織名としたのか。
三が日向族を象徴する数字だったというのもあると思うが、
彼らは太陽神イエス・キリストの使徒の子孫だったからである。
そして、出雲族の呪いを受けない為、及び出雲族のパワーを得る為、
そして人々に出雲族だと思わせる為に「八」を冠して
「ヤタガラス」というネーミングにしたと考えられる。
要は、真の神武天皇はニギハヤヒであり、ヤタガラスは断じて出雲族ではなく、
ニギハヤヒは賀茂氏の祖ではなく、賀茂氏と物部氏が同族ということもない。

もちろん、出雲族と日向族の間でも数多くの婚姻関係が結ばれてきているので、
物部氏と賀茂氏の間でも婚姻関係はあっただろうし、
歴代の天皇にも出雲族の血は流れている。
そして、ニギハヤヒはスサノオ一族なので当然「スサノオ」だが、
男神「天照大神」でもある。

そもそも、スサノオ自体が天照大神でもある。
スサの王だったアレクサンドロスも、太陽神アメンの子「ファラオ」となった。
アメンはアモンとも発音されるが、それがイスラエル10支族が崇拝していた
「黄金の子牛アモン」である。
牛がスサノオの象徴である事は「牛頭天王」という別名でも分かる。
そして、アモンはカナン神話の主である牛神バアルとも習合した。

『旧約聖書』で主と訳されている部分には、2つの主が見え隠れする。
即ち、「アトン」と「バアル」である。
バアルはアメンなので、分かり易く言うと、
聖書の主には太陽神「アメン」と「アメン」がいるのだ。
アメンは宗教改革で封印され、代わってアトンを唯一神とする宗教が誕生し、
それを受け継いだのがユダヤ人である。
一方、アメンを主とする多神教を続けたのがイスラエル10支族なのだ。

獣説では、ユダヤ人は日向族として日本に渡来し、
イスラエル10支族は出雲族として日本に渡来したが、
アマルナ改革と同じくスサノオ(アメン)は封印され、出雲族は衰退していった。
まさに、王仁三郎や日月神示によると、
スサノオは贖罪神だが、それは太陽神イエス・キリストにも見られる。
つまり、イエス・キリストも「天照大神」であると同時に
「スサノオ」でもあった訳である。

『日月神示』によると、岩戸から出てきた天照大神は偽物で、
本物の天照大神はまだ岩戸に隠れているという。
そして、真の天照大神であるニギハヤヒの再臨が、
「イエス・キリストの再臨」である。
ニギハヤヒとイエスは同一人物ではないが、
同一のエネルギーを持った同一神と定義しても良い。
祭祀を執り行うレビ族であるヤタガラスには重大な使命があるのだ。

その為、獣は2008年の或る夏の晩、ヤタガラスとしか思えない霊団と対決し、
獣の活動の意図を伝えて説得した。
日本の為、世界の為に、史実を明かして封印を解く時期であり、
その為に命を懸けて戦い続ける……と。
すると霊団は姿を消し、翌朝にカラスの羽根を拾った事は何度か書いてきた。

ヤタガラス霊団の反転は、人間界のヤタガラスの反転となるはずで、
連中が既に動き始めている気配を感じている。
「戦う」と書いたが、ヤタガラスと戦う訳ではない。
ヤタガラスと共に戦うのである。
その事を間違えないように願いたい。
尚、「天下の大悪党」は救世主と同義語である。
posted by 獣 at 16:38| Comment(0) | 歴史・アカシックの修復 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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